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【日本語】既成概念に縛られず、楽しく、柔軟な日本語教育を

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近年、多くの外国人が日本を訪れるなか、
日本語教師は日々どんなことを思いながら指導に取り組んでいるのでしょうか。
日本語教師の経験をもつ3人の方々に、それぞれの考えをお聞きしました。

インタビュアー:小久保>
今回は「これからの日本語教師に求められるもの」をテーマに、日本語教師の経験をおもちの方々にお集まりいただきました。どうぞよろしくお願いします。

まず、日本語教師はどんなことを課題に授業に取り組んでいるのか話をうかがいたいのですが、現在、現役の日本語教師である田中さんは、どのようにお考えですか?

田中>
まず、ひとくくりに語学留学生といっても、学習の意欲や習得のレベルは人それぞれに違います。
日本文化に興味があって真剣に日本語を学びたいという人から、仕事で必要だから仕方なく通っている人、さらには留学ビザで来日したからという理由だけの人もいます。

そういう人たちが同じクラスにいて、どのように授業を進めていけばいいのかというのは、つねに悩むところですね。

石井>
私はインドのチェンナイで、ある企業の社内研修の日本語教師をやったことがあるのですが、
相手は日本のことをまったく知らないし、日本に異動すると決まっているわけでもないので、学習意欲はまったくゼロ(笑)。本当に大変でした。

田中>
日本語特有の表現というか、文化の違いをどう教えるかも悩むところですね。

例えば、日本語では“あなた”という二人称で相手を呼ばないことが多くあります。

会社の上司に向かって“あなた”とは言いませんよね。
語学的には“あなた”で正解ですが、実際の会話ではむしろ不正解。
ここには目上の人に対する独自の文化や思想があるので、単純に用法として合ってる・間違ってるの話ではないんですよね。

尾崎>
文法的な話ならわりと簡単ですが、そういう部分は難しいですよね。
“わたし”とか“あなた”とかを練習して言えるようになった後に、じつは使わないんだよって教えられると、「えー、早く言ってよ」となってしまう。

日本的な考えだと、まずは型をきちんと身につけて、それ以上のことは自分なりに解釈して覚えていけばいいというところがあります。
だから教え方としては間違ってはいない。

でもそれは、教室で教えられることがいかに限られているかということでもあるんです。
僕たち教える側は、そのことにもう少し自覚的になったほうがいいと思います。

田中>
よくわかります。
私は大阪の学校で教えているので、関西弁を教えてほしいとよく言われるんです。
カリキュラムにはないんですが少し教えると、みんなものすごく喜びますね。

石井>
少し違いますが、
教室で教えられることがすべてではないという話でいうと、
私が説明するよりも、クラスの同じ国のできる子に聞いたほうがわかると言われたことがあります。
まあ、そりゃそうだろうとは思いますけど。

田中>
それ、日本の学校でもよくあります。
言葉がベトナム語なんで私にはわからないのですが、私の説明が理解できてない生徒に、理解できているであろう生徒がちょこちょこ教えるんです。

石井>
気持ちはわかるんですけど、教えている生徒の内容が正しいとは限りません。
間違った解釈を伝えているかもしれないんです。

でも、とりあえず納得してくれればいいかなとも思います。上達したら間違いにも気づくでしょうし。

尾崎>
石井さんがおっしゃった“納得する”って、すごく大事だと思うんです。

間違っていたとしても、納得できれば次に進もうって気になるじゃないですか。
だから、別の生徒から間違って聞いたことでも、教師の説明が理解できずに間違って覚えたことでも、いったん納得したのであればそれで進んでいけばいい。

そもそも語学習得って長い時間をかけてやっていくことなんだから、間違いを重ねながらでも少しずつ前に進んでいくことが大事なんですよ。

田中>
その時点で100%わからなくてもいい、ということですよね。

教科書的な日本語ではないリアルな日本語を教えてほしいという声もあれば、一方ではJLPT(日本語能力試験)に受かるようなことを教えてほしいという声もある。
その中でどういう授業をするかというのは、日本語教師がずっと考えていかなければならないことだと思います。

尾崎>
今日うまくいかなかったから次はこうしてみようとか、結局そういう小さなことの積み重ねしかないと思うんです。

留学生は国籍は違うし、育ってきた環境も違う。
絶対にうまくいく教え方がひとつあるとかではなくて、相手のことを考えながら柔軟に教え方を変えていく。

そういうふうに一人ひとりの教師が自分のスキルを磨いていくことって絶対に必要ですし、多くの教師が試行錯誤しながらすでに実践していることだと思うんですよね。

インタビュアー:小久保>
生徒さんの日本語習得レベルに差があるという話がありましたが、それは結局モチベーションの違いが要因なのでしょうか?

田中>
それも大きいですが、日本語の習得レベルをどこに設定しているかの違いもあると思います。

ひと通り日常会話ができるようになりたい人と、仕事の細かい部分まで日本語でやりとりできるようになりたい人とでは、目指すべきレベルは全然違ってきますよね。

石井>
語学力とは別に、雑談力があるって人もいますよね。

日本語はまだ上手とはいえないのに、すごく面白い話ができる。そういう人はこっちから話を聞きたいと思っちゃいます。

田中>
まさに同じことを思いました。
教室ではすごく話し上手なんだけれど、テストの点数はあまりよくない人っているんですよね。

逆にテストはいいのに上手に話せない人もいる。
テストだけで評価しちゃっていいのか、と思うことはあります。

石井>
雑談力があるということは、コミュニケーション能力が高いということ。
日本人の中に入っても、たぶんうまくやっていけるんです。

田中>
そうなんです!
だったらテストの点数が高いことよりも、コミュニケーション能力が高いことのほうがいいじゃないかと思ったりもします。

尾崎>
そうなると、テスト自体が問題ということになる。
JLPTの読解と聴解しか評価しないテストで振り回されるのは、日本語教育としてどうなんだという意見が出てくる。

石井>
日本の大学試験でもその議論はありますよね。

語学評価はやはり実践的なものを採用しなければいけないって。
でも、採点の基準をどうするかなど、やっぱり難しんですよね。

尾崎>
難しい。採点者によって評価が違うし。結局、公平を期すとペーパーテストになっちゃう。

田中>
やること自体は無駄ではないけれど、それがゴールではないという感じですかね。

石井>
あと、コミュニケーション能力が高い人って、言葉がそんなに上手でなくても通じちゃうから努力しないって側面もあるんですよね。
その人の能力で努力すればもっと素晴らしくなれるのに、その手前で止まってるという。

田中>
いますよね。
しゃべるのは上手だけど、結局そこで終わってしまっているなって人。

尾崎>
昔の話ですが、文化庁の仕事で地域の日本語教育の実態調査をやったんです。
その際、日系ブラジル人の方々との集まりに参加したことがあるんですね。
その時にブラジル人女性から、「私たちが日本語を上手に話せないのを気の毒だと思ってるでしょ」って言われたんです。

いや、気の毒ってほどには思ってないけど、やっぱり多少の不自由はあるんじゃないですかって返したら、「私たちは楽しくやってるんですよ。うまく話せなくてもやれてるのに、日本人はすぐに困るでしょうと言う。あれは、あまり好きじゃない」って言われて。

ああ、そういう考え方もあるんだなと。
もっとがんばればよくなるのにという発想は、人によっては大きなお世話になるんだと気づいたんです。

田中>
ある種、評価軸が画一的というか。
何を目的として、どのレベルがいいと思えるかは、本来は人それぞれなんですね。

石井>
同情してくれなくても私たちは幸せよ、っていうメッセージですよね。
これは言葉を覚えるってことの考え方の違いでもあるし、生き方の違いでもある。

尾崎>
そう。本当にいろんな人がいて、いろんな考え方がある。

言語教育ってやっぱり奥深くて、さまざまな角度から考えなきゃいけないものなんだなって、あらためて思いましたね。

インタビュアー:小久保>
石井さんは海外での日本語教師の経験がおありなんですが、
日本人が海外に行って現地の方々に日本語を指導するのには、どういう難しさがあるとお考えですか?

石井>
まず日本語教師として日本で教える場合は、
自分はマジョリティ(多数派)で、生徒さんはマイノリティ(少数派)ですよね。
海外では、これが逆になるんです。

自分はマイノリティで、生徒はマジョリティ。
すると、共通言語はマジョリティの言葉になるから、日本語というマイノリティの言語を学ぶ・教える環境としては難しくなる。
生徒は現地の言葉で話しちゃうし、教師も現地の生活にまず慣れなきゃいけない。

でもそれって、日本での留学生と同じ立場になるんです。
マイノリティがマジョリティに溶け込むのは本当に大変です。
そういう経験がある日本語教師が日本で留学生に向き合えば、教え方というか寄り添い方がちょっと違ってくると思います。

田中>
私は海外での教師の経験はないんですが、前職で中国に赴任したことがあります。
自分が少数派の立場に身をおいた経験は、今、日本語を教えるうえでも確かに役立っているように思います。

石井>
そうですよね。
自分がマイノリティになると、考え方なり言動なりがやっぱり変化していく。
それを面白いと思いたいですね。確実に自分の成長につながるわけですし。

田中>
ヒューマンの日本語教師養成講座には海外実習のプログラムがありますよね。
そういう気づきを得るための経験になるかもしれない。

インタビュアー:小久保>
確かに海外での教師体験はとても貴重なものですから、そのようなプログラムを用意しています。
本来なら長いスパンで経験できればいいんでしょうが、参加者のご都合とか諸事情があって、現状は数週間程度の滞在となっています。

尾崎>
本当は、海外生活が楽しいと思える時期が過ぎて、ちょっとホームシックというか落ち込んでしまうぐらいまでいたほうがいいんですよね。
そうしないと日本に来ている留学生たちのリアルなつらさがわからない。

大事なのは、自分が“外国人”になったらどうなるんだろうという想像力。
さらにいえば、実際に外国人になるという経験をもっとカジュアルにできればいいなと思いますね。

石井>
そう思います。
自分がマイノリティになって日々格闘しながら生活していると、自分が当たり前だと思っていたことが決して当たり前ではない、物事にはいろんな考え方があるんだということが心の底から理解できるんです。

そんなのわかってるよ、といわれるかもしれませんが、じつはわかってない。
自覚はないけど、みんな自分を基準に他人や世界を判断しているんです。
やっぱり一番難しいのは、自分を知ること。
それを理解するには、海外に出ることがすごく役に立つと思うんです。

尾崎>
日本語を教えるということは、上手に話せなくて落ち込んだり、楽しく話せてうれしかったり、そんな生身の人間と向き合うことなんです。
そういう人たちの気持ちをわかろうと思ったら、その人たちの立場、マイノリティの経験をもった人が先生になるべきだという意見は、本当にそうだと思います。

今は海外に行きたいとも思わない若者が増えてきているので、せめて日本語教師を目指す人たちは、少しでも海外に触れる経験をもってもらいたいと思いますね。

田中>
いっそのこと、海外での教師経験を必修にするとか。半年以上とかね。

尾崎>
あと、海外経験で思い出したんですが、ネイティブスピーカーとして海外に行くと、まわりがそれなりに敬意を払ってくれたりします。
お給料もよくて、いい物件に住めたりして。でも、そこで調子に乗ったりしたら絶対にいけない。

石井>
ああ、そういうケースは、もう論外ですね。

尾崎>
そう。
で、だんだん偉そうになってくると、現地の日本語教師の発音や、教科書の例文とか、悪いところばかり指摘するようになる。
以前、そういう日本人教師が実際にいたんです。
本人的には悪気はなかったのかもしれませんが、周囲の人たちがあまり日本語がわかってないと思うと、端々に見下したような態度が出てくる。

これは絶対にやってはならないことです。

そのレベルに達するまでに、現地の先生たちがどれだけの時間と労力を費やしてがんばってくれたことか。
むしろ、感謝と尊敬の念を抱くべきものです。

日本人より日本語のレベルは劣っていても、現地の人たちに教えるスキルは当然日本人より上なんです。
現地の先生や生徒から逆に学ぶという姿勢がないんなら、海外なんて行かないほうがいい。
ちょっと極端な例ですが、僕はそう思いますね。
相手に応じて柔軟に。

インタビュアー:小久保>
最後に
これから日本語教師になる方には、どんなことが必要で、どんな指導を心がけてほしいと思いますか?

田中>
私が思うのは、楽しんでやってもらいたいということです。
楽しくやらないと続かないし、続けていれば考えることがいろいろ出てきます。

こうしなきゃと既成概念に縛られるよりも、生徒たちが日本語ができるようになったらうれしいな、楽しいな、と思いながら続けていける人のほうがいいんじゃないかと思います。

石井>
そうですよね。
海外で現地の人に教えるにしても、日本で外国人に教えるにしても、
私たち自身は異文化体験をさせてもらっているわけなんで、楽しむことが一番だと思います。

たまには、生徒からいろんな国の話を聞かせてもらったりして。そういう機会って普通はそうあるものでもないんですから。

尾崎>
本当におっしゃる通りだなと思いながら聞いていました。
さっきも出ましたが、あまり構えすぎずに柔軟にやったほうがいいと思う。
相手があってのことをやっているわけなんで、生徒の反応に合わせて柔軟に試し試しやっていけばいいんだと思います。

石井>
そこが、日本語教師の一番大事なところかもしれませんよね。

私なんか教師の勉強なんてまったくせずに成り行きで教師になってしまったんで、どうしていいか本当にわからなかったんです。
それでも毎日必死に教案をつくったり、生徒が興味をもてる内容を考えたりしてるうちに、なんとかやっていけるようになった気がします。

尾崎>
いや、僕も一緒ですよ。
駆け出しの頃は、教案は書けないし、自信はないしで。
でも、給料もらってるから、ちゃんとやらなきゃという感じでした。そんな試行錯誤の時期が3年ぐらい続いて、やっと余裕が出てきました。

こういう話を日本語教師の養成講座ですると、僕らには無理です、なんて言われるんだけど、絶対できるんです。

今では多くの人が海外で日本語を教えていますが、30年ぐらい前は勉強せずに日本語教師になった人ってたくさんいたんです。
なぜなら他にいなかったから。

国際結婚した方や駐在員の奥さんとかが、日本人だからって現地の人に頼まれたんですね。
それで、とにかく一生懸命やって海外の日本語教育の種をまいてきたんです。
そういう積み重ねの先に、今の我々がいる。

だから、正解なんてないんです。
養成講座で学んだことを現場で実践するだけじゃなく、先輩や仲間といろんな意見を交わしながら、生徒たちの表情を見ながらやっていけばいいじゃないと思います。

田中>
本当にそうですよね。
あと、今の話で思ったのは、日本語学校のいわゆるベテラン教師の中には、ある種、型ができ上がってしまって、教え方が凝り固まっている人もいます。

それよりもまだ完成されてない教師、私みたいな経験の浅い人たちが自由にいろんな教え方を実践していったほうが、今までにない何かができるんじゃないかという気持ちもどっかにあります。

石井>
柔軟な対応ができないとね。この仕事は。

田中>
そうですよね。
伝統工芸の職人とは違うんですから、生きた言葉を教える側の人間が「このやり方を10年通しています」なんて言ってたら、それはちょっと違うんじゃない?と思ったりします。

石井>
つねに新しいことを入れていかないと。

田中>
相手によって理解できることって違いますからね。またそれが楽しいんですよ。

インタビュアー:小久保>
そうやって、楽しいからこそ続けられるということなんでしょうね。

さて、今回は「これからの日本語教師に求められるもの」というテーマで進めてきましたが、
内容は多岐にわたり、とても興味深いお話となりました。

また、これから日本語教師を目指したいと思っている方々にとっても、いろんな気づきを含んだものとなったのではないでしょうか。

それではみなさま、本日はありがとうございました。

PROFILE

田中 一郎
日本語教師(ヒューマンアカデミー日本語教師養成講座 修了生)

京都大学中退後、印刷会社に就職。定年を2年後に控えて早期退職。2016年、ヒューマンアカデミー梅田校にて日本語教師養成講座修了。2017年4月より、ヒューマンアカデミー日本語学校にて日本語教師として勤務。退職後、2019年4月より、ECC国際外語専門学校にて日本語教師として勤務。

石井 遊佳
芥川賞作家(元日本語教師)

早稲田大学法学部卒業。東京大学文学部インド哲学仏教学専修課程修了。東大で知り合ったサンスクリット語研究者の夫とともに、2015年からインド・チェンナイのIT企業で日本語教師として勤務。チェンナイ滞在時に100年に一度の大雨に遭遇し、そこから着想を得て執筆した『百年泥』が、2017年に第49回新潮新人賞を受賞。2018年には同作で第158回芥川賞を受賞。

尾﨑 明人
ヒューマンアカデミー日本語教師養成講座 講師

名古屋大学・名古屋外国語大学名誉教授。豪州モナシュ大学にて博士号取得。元日本語教育学会会長。日本語教育・言語教育の研究者で、『会話教材を作る (日本語教育叢書 つくる)』 (共著)などを執筆。現在はヒューマンアカデミーの日本語教師養成講座の講師を担当。

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参考資料2:「日本語教師のための教材デザイン講座」

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